新・桂庵雑記

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贅沢な造りのBuescher 400

今更ながらの話なのだが、2020年8月から2021年2月まで、テナーサックスのレッスンを受けていた。10年以上も前に、見様見真似でサックスを始めて、そのまま自己流で続けてきたのだが、どこかのタイミングで何か月か基礎を習った方が良いと思っていて、ようやく重い腰を上げた形になる。

 

テーブルキーの操作性を統一しておくため、レッスンを受講していた期間中はSelmer Mark7かYAMAHA 82Zだけを使っていた。しかし最近、最終レッスンが終わったので、久しぶりにBuescher 400(以後B400と記載する)を取り出し吹いてみた。やはり現代サックスとは違う魅力を持つ、つくづく良い楽器だと再認識。

 

テーブルキーの操作性を除けば、使いにくいなんてことは無いし、今のサックスより軽い。そして何より、独特の工夫だが今のサックスには見られない仕様が散見されるところが、現代においては見る者に、技術の無駄遣い加減というか、何とも言えぬ贅沢さを感じさせてくれる。

 

Buescherというメーカーは、1900年代にアメリカで金管楽器木管楽器を製造していたのだが、1964年頃にUSA Selmer社に買収され、その数年後には合併されて消滅した。

 

自社ブランドだけでなく、製造工場を持たないブランドのためにOEMでも沢山の管楽器を製造している。 また、いわゆる「アメセル」(フランスから部品状態で輸入され、アメリカで組み立てられたSelmar製サックス)の組み立てを同社が行っていたとも言われている。

 

独自の構造として、サックスのキーカップにSnap on Pad機構を採用していたことでも知られている。次の画像で、ベルの上に乗せてあるのがSnapと呼ばれる金具。画像のSnapは裏返しになっていて、中央に留め具がある。パッドの中央に穴をあけ、Snapの留め具をその穴に通し、キーカップ側に溶接された凸部で接合することで、松脂や接着剤を使わずにパッドを固定するための機構。簡単にパッドを交換できるという利点はあるのだが、松脂を使ってパッドを固定する方が、トーンホールとパッドがより密着するように調整することが可能なので、パッド交換時にリペアマンの手間を増やし、調整料金が他メーカーのサックスより多少高くなるという結果を生んでいる。このため、この機構を除去して、穴を開けずにパッドを付けられるよう改造している人もいるようだ。

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そんな、不便な面もあるのだが、一方で、通常よりも重量のあるメタルリゾネーターという性質もあることから、僕はオリジナルのままで使っている。

 

トランペットのチェット・ベイカーが、Buescherのユーザーとして有名。サックスについて言うと、ソニー・ロリンズがBuescherの"Big B"と称されるモデルを吹いていた時期があり、チャーリー・パーカーがB400のアルトを吹いている写真も残されている。また、エリントン楽団は一時期、サックスセクションをBuescherで統一していた。

  

さて、B400という楽器だが、1940年代から1960年代にかけてBuescher社が生産していたサックスの一モデルである。同じ時期に並行して生産されていたAristcratモデルは、ライバルであったKing(H.N.WHITE)、ConnやMartinと比較しても、比較的保守的な設計(ただしSnap on Pad機構を除く)であったが、B400は実験的というか、意欲的な仕様を持つモデルだ。中でもTop Hat and Caneと呼ばれる、シルクハットと杖の彫刻がベルに施されたモデルは、これが無いB400よりもかなり人気が高い。

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B400の最大の特徴は、全体画像をご覧いただくとすぐ分かるのだが、Low BとLow B♭のキーカップがベルの背面(ベルと二番管の間)にあること。"Behind Bell"と呼ばれる構造で、これがために、キーシャフトの配置はかなり複雑なものとなったが、代わりにキーガードは省略できている。僕の知る範囲で、このBehind Bell構造を採用したサックスは、B400の他には、同じBuescherのAristcrat series 4 だけ。

 

日本にも輸入されていたが、現在、中古市場でその姿を見る機会は少ない。そして、アルト以上にテナーは姿を見ない。そんな中、僕は一時期、B400 Top Hat and Caneのアルトとテナーを同時に所有していたことがある。

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先にe-bayでアルトを入手していたのだが、ある日、ホームページでB400テナーが売り出されたことを知って旧知の楽器店を訪れると、なんとホームページにまだ掲載していないものもあったという状況。希少なB400 Top Hat and Caneのテナーを2本のうちから1本選定できるという、想像もつかないくらい得難い機会をたまたま得たのは、良い思い出。いずれも調整が万全な状態ではなく、判断を迷ったことから一瞬、2本とも買ってしまおうかという考えが頭をよぎった。しかしその2か月くらい前にMark 7テナーを買ったばかりだし、Buescherは他にも400TH&CのアルトとAristcratのテナーがあったので、そこまでの無茶はできないと思いとどまって1本だけを入手。今となって考えると、2本買ったとしても、アメセル1本より安かったのだから、無茶してもよかったかな。(良い子は真似したらアカンで)

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 さて、B400の生産された時代には野心的な構造だったが、現代サックスには殆ど継承されなかった部分を見てゆこう。

 

最大の特徴は、やはり先述したBehind Bellなのだが、それだけではない。例えば、ネックの接合部。KingやConnで採用されていたダブルソケットと呼ばれる機構(ネック側の嵌合部を二重の円筒状として、その間に二番管を挿し入れるもの)では無いものの、嵌合部の真鍮を削った跡に銅板(真鍮より柔らかい素材)を巻き付け、密閉性の向上が図られている。

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また、経年によるネックの垂れ下がりを抑えるためか、ネックの上部には補強板が貼られている。このため、オクターブキーはアンダースラング形状。ただし、Top Hat & CaneではないB400では、アンダースラングでは無い仕様のものもある。

 

ベルに目を移すと、ビッグベルの裏側には、シルバープレートでの補強が為されている。

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ストラップリングも、見るからに重量がありそうな、真鍮では無い素材の金具が使われている。何らかの狙いがあったのだろう。

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最後に、ベルの彫刻の中でも城の部分。僕のテナーは、単純に管体を彫っただけの仕様だが、ここに金属が盛られて、立体的彫刻になっている個体も存在している。すでに手放したアルトは、立体的彫刻だった。 

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つらつらと書いてきたが、何というか、ずいぶんと手間の掛かった楽器であることはお分かりいただけるだろう。工芸品と言っても良いのではないかと思っている。これが例えばヤマハの82Zだと工業製品という感じなので、それを眺めながら一杯呑もうとは思わないが、B400だったら、眺めながら3杯は呑めそうだ。